日本にインスペクターが存在しない理由
これは、日本が戦後、復興にかけて単一民族でものつくりを始めた習慣が残っている。要するに「性善説」である。私が講義で良く説明しているのだが、私も含めて日本人が何かしらブラスト処理を行わなければならない場合、「どうやって打ち残しが無くきれいにブラストができるかなぁ。」とまず思うわけであり、やすりや電動工具ではなくせっかくブラストをするのだから、錆や塗料カスが全くついてない状態にしたいと思う、これこそがブラストで言う「性善説」なのである、要するに平たく言えば、日本人が日本でブラストするなら初めから言わなくてもSa3を狙うのが当然である、という事である。
日本で初めて本格的な研究をされた1953年福田連(むらじ)氏著書の「ブラストクリーニングとショットピーニング」出版(絶版)にも記載されている。技術書ではあるが日本人のブラストに対する心得的なことも記載されているので私も感動した。
なので古いケレン規格 Ⅰ種ケレンは目標Sa3(*実際は処理度は記載されていない)しか存在しない意味なのである。よってブラスト関係者全員がSa2.5-3がブラストだと信じインスペクターなど必要なかった。それ以外は手抜きか下手くそなブラストと信じられていた。
しかし、海外、特に北米ではブラスト作業自体は移民や出稼ぎのマイノリティが行っているため「性善説」などは通用しない。当然移民と言っても北米の150-200年の歴史のあるドイツ系やアイルランド系の事ではない。これらの出稼ぎブラストマンたちはブラスト自体、何のためにやるかなど知らないわけで時間と賃金の方が重要であるためやれと言われたらやるだけで、真っ白にブラストすることなど概念が無いのである。私が35年ほど前に「知の論理」という本を読んだときにこの意味を解くカギが書いてあった。文字の概念が無いアフリカの部族に簡単な絵の地図を見せたところ誰一人理解できなかったというテスト報告があることを記憶している。国によっては橋も車も鉄道も見たことがない人がいるわけであり、その人にブラストをさせても真っ白にブラストされることはない。そういう経験の中で北米はいち早くインスペクター方式を採用することなった。
現在の日本の場合、これがごちゃ混ぜになっている事が事態を複雑化させている。何十年も日本でブラスト処理で信頼を得て経営してきた施工会社は、黙っててもSa2.5以上で仕上げてくる。しかし、国内のここ数年の建築業の景気に乗じてブラストを始めたりしたところは下請けとして行うため無理をしてる場合が多くブラスト処理度合いはばらつく。当現在はインスペクターがいないのでSa2.5を指定されていてもSa1程度で指摘されなければ次工程に入ってしまう。インスペクターを置かないもしくは予算化していない元請が悪いのである。米軍の設備のブラスト及び塗装しか請け負わない塗装会社が日本にあるが、自分たちの工賃よりもインスペクターの方が数倍高い賃金をもらっていることをぼやいていた。あたり前の話なのだが、わざわざ、アメリカからビジネスクラスの旅費でインスペクターがやってきて検査するのだ。指導をするインスペクターもたまにはいるが、一切しないインスペクターもいる。私は最近、在日米軍の技術将校から直接相談を受けていたのだが、日本国内にある米軍のブラスト機を規格に合わせてほしいという内容だった。すぐさま、対応したのだが私からすればこちらから数年前から指摘していたのに漸く動いたのかぁと思った。北米のインスペクターが米軍に来日する都度にブラスト機が基準を満たしていないのでダメだ、と再三言われているのに意味が解らないもんだから日本側はやり続ける。呆れ果てて、しまいには米軍側がハワイやサンフランシスコからブラスト機器を大量に持ち込んで日本側に作業させるのだが、日本で消耗品が手に入らないため暫くするとブラスト機器が放置される。実に滑稽な風景である。
米軍からすれば米軍基地は日本ではないし、軍艦関係はアメリカの所有物なので、規格外のブラスト、防食塗装をされては困るので彼らは真剣なのだが、彼らからすれば「外人」の日本側がインスペクターの指摘を素直に受け入れてくれないわけである。そもそも、インスペクターの概念など日本に無いからである。私の知っている範囲では米軍の防食関係の技術将校はとても紳士的なアッパーグレードな人が多くブラスト及びブラスト装置の知識が豊富である。
今後、
東南アジアからのブラスト作業者移民が押し寄せれば事態は変わると思うがその可能性も移民が生活するときの言語の問題で難しい。海外で1回でも仕事をした人には容易に理解できることだが、我々の場合なら英語が通じる国と通じない国での不安度や進捗度が違う。遊びや観光なら何とかなるが仕事の場合はそうはいかない。立場が逆でも同じである。全く言語の通じない人に日本でブラストをやらせてSa2.5は達成してもその人自体が日本で生活できるようになるまでは時間が掛かる。安心して生活できるようにならなければブラスト作業もはかどらない。当然やる気次第だがそのくらいやる気があるなら普通はドバイとか北米に行くと思う。こんなことが、日本の工事現場で外人が90%以上でない理由である。しかし、中華料理屋の進出とカレー屋の進出で中国人、インド系(インド人ではない)人の多くが独自コミュニティを形成しはじめている。まだ飲食関係の範囲だがいつ、工事関係に転ずるかわからない。以前のようなバブル期のイラン人のような出稼ぎでなくコミュニティを形成すると進出が早い。外人で社会が成り立っているシンガポールがいい例である。当然、英語を言語として採用しているのが大きい。日本人のコミュニティも歴史が長いのでビジネス基盤も盤石だ。これに対して恐ろしく厳しい法整備と治安維持及び財産管理を国が統制している。